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お盆2011

「肩車」 管 純和
 『地獄』という邦画は複数ある。新しいのは確か十数年前に公開されたが,ここでいうのいうのは古い方。
1960年というから、もう半世紀も前に作られた映画で、カラーであることを示すのに、「総天然色」という
鳴り物入りの言葉が使われていた頃の作品である。
日本最初のホラー映画と評され、監督が中川信夫という、怪奇映画を撮らせたらピカ一の人で
あったなどということを大人になってから知ったが、当時9歳だった私には、夜も眠れぬくらい
怖い映画だった。
 リウマチの症状が進んで歩行困難になり 、滅多に外出をせぬ祖母が、珍しく孫の手を引いて、
この映画を観に出かけたのは、昔の人が勧善懲悪の教育のために、子どもにお寺の地獄絵を
見せたのと同様の目的があったのかも知れない。面白いことに数日の内に学校の教室で、
「俺も見た」という子が続出し、見たという子は皆、青い顔をしていた。それが揃いも揃って
ワルガキであって、しかも一様にしばらくの間は大人しかったことを思えば 、大人たちの
もくろみは成功だったのだろう。

 そうはいっても、大人になってDVDで見直すと、前半はこの世の地獄が描かれ、後半はあの世の
地獄が描かれているというストーリーなど 、子どもの誰しもが理解出来ていなかった。
ただ、皮剥ぎの刑などという身の毛がよだつリアルな描写に心底怯えた。
こんな世界があれば大変だ、死んでこんな血みどろの暗い世界に堕ちたらどうしようと本気で心配した。
だが、祖母はぬかりなくもう一つの教育を施した。
「怖いなあ。そやけどうちには阿弥陀さんがいてはるから大丈夫やで」。
 それを聞いて、映画に描かれた地獄の様子が頭に浮かぶと決まって本堂に行って
阿弥陀さんの前に座って手を合わせた。
阿弥陀さんは、映画で嵐勘十郎が演じていた,あの閻魔大王より強いのかと思うと安心した。
 一体、「南無阿弥陀仏」とは何なのか。この上なく尊い阿弥陀仏の名告りだから、それはどう説いても
説き尽せない。しかし、子どもの頃、映画の地獄に怯え、今なお自分をどう省みても、
日々、地獄に堕ちる業を積み重ねているとしか言いようのない凡夫の私には、いつか聞いた、
「南無阿弥陀仏と書いてみよ、南無は私である。ちゃんと阿弥陀さまが下にいて、堕ちぬようにして下さって
いるではないか」という説法が、1番納得出来るし、有り難くもある。
閻魔大王より遥かに強い阿弥陀さまが、己の重力で下に堕ちて行くしかない私を,ガッチリと
肩車して支えて下さっている。おまえの信心とは何だと問われたら、肩車されているのだとしか
答えようがない。

 それにしても 、お盆になると、祖母に連れて行かれた映画を思い出すのは何故だろう。
多分、「お盆には地獄の釜が開く」という伝えからの連想だろう。罪人を責める地獄の鬼たちも
閻魔大王から暇を貰って、故郷に帰って行くのだろうか。それとなく阿弥陀さんに手を合わすように
仕向けてくれた祖母も、毎年怖い映画の思い出と共に、お盆になると胸の内に帰って来てくれている。

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