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お盆2010

「やめなはれ」       管 純和

 藤沢修平の小説はいい。骨太でいながら、読み終えたとき、何とも言えない爽快感が残る。
映画化もされ、テレビドラマにもなった『蝉しぐれ』の冒頭で、主人公の牧文四郎が、隣家の娘の指を噛んだヘビを殺した後、どれだけ洗っても掌に残る生臭さを気にしている場面が描かれている。
 私は、この作品を原作で読むより先に、テレビドラマ化されたものを観たのだが、食膳を前にした文四郎が、何度も掌を嗅いでいるシーンで、幼い頃に嗅いだヘビの生臭さを、はっきりと思い出していた。
 確か小学校の三年生か四年生のとき。夏の夕暮れだった。本堂の横手に手水鉢があり、その傍らに大人の背丈の倍ほどのビワが植えられていた。ちょうどお盆のときでいあちこちの墓石に供えられた線香の煙が自く立ち昇り、風がそよとも吹かないむし暑い大気の中に、つんと鼻をつく墓参り用の太い線香独特の匂いが、強く濃く漂っていた。
 夕陽に照らされて、鈴なりの実が黄金色に輝いているビワの木を見上げると、子どもでも手を伸ばせば届くような高さの枝に、大きなヘビが巻きついている。アオダイショウである。尻尾を掴んで巻きついているのを解こうとした。だが、ヘビの巻きつく力は強く、満身の力を込めても動じない。子どもとは、ときに生き物に対して驚く程の残酷さを見せるものだが、そのときの私もそうだった。
 力負けした腹いせに、足元にあった石を拾って、ヘビを打ち殺そうとした。石を持つ右手を振り上げたとき「ぼん、やめなはれ」と、声がした。



 振り返ると真白な髪をきちんと束ねたお婆さんが厳しい顔をして立っていた。母が常々、「あのお婆ちゃんは古い檀家さんやで」と言ってる、いつも優しく微笑んでいるあの小柄なお婆さんである。
 でも、そのときのお婆さんは怖い顔をして私に近づき、「ぼん、お盆には殺生したらあきませんのやで」と諭した。私がうなだれて石を放すと、お婆さんはいつもの優しさになり、「偉いなぼん、ヘビのお母ちゃんが喜んではるで」と言って去って行った。
 気がつくと、アオダイショウは枝を離れ、葉の茂みの中にその姿を隠していた。両の掌に妙なぬめりが残っているので嗅いでみると、とても生臭く、どれほど石鹸で洗っても拭えなかった。そんな馬鹿なことはないのだが、それから半世紀近く経った今でも、生臭さが掌にあるような気がして、ふと掌を鼻に持って行くときがある。
 そして毎年、お盆が来ると「殺生してはならぬ」という声が、重い響きとなって蘇って来る。あのお婆さんにとって、お盆とは、生き物を殺してはならぬ時期であったのだろう。それはきっと、お盆という行事が、この国で始められて以来、姿を変え、形を変えながら、脈々と受け継がれて来た精神であるのだろう。
 だから私も、誰かにお盆とは何かと問われたら、殺生を慎む日だと答えることにしている。

                             本派 光明寺住職 月刊誌『御堂さん』編集長
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